Death Wish
Lawrence Block
訳: 練馬太郎
あるひとりの警官が橋の上で止まった一台の車を目撃したがさほど気には留めなかった。
夜更け、あまり車の往来の無い時刻に人々はしばしば橋の上で車を停めることがあった。
橋はふたつの都市をくっきりと隔てて流れる深い河に架かっており、橋の真ん中からは素晴らしい景色が眺められた。
自殺する者たちもこの橋を好んだ。
警官は、男が車から降りて橋の縁に沿った歩道をゆっくりと進み、手すりに手を置くのを目の当たりにするまでそのことは念頭には無かった。
どことなく寂しげな様子で、どんより曇った夜に河から霧が立ち込めてきた。
警官は男を見るなり間違いなくそうだと判断し、果たして間に合うだろうかとあやぶんだ。
彼は大声を出したり口笛を鳴らしたりしたくはなかった。
なぜならショックと驚きによって自殺を誘引しかねないと知っていたからである。
すると男は一本の煙草に火を灯した。
警官はその時が来た事を悟った。
彼らは皆、手すりから身を投げる前に決まって最後の煙草に火を点けた。
警官が10ヤードほど近づいた時、男は振り向いて多少驚き、そしてまるで時を逸してしまったかのようにうなずいた。
男は、三十半ばくらいで長身で細っそりした顔立ちに真っ黒な濃ゆい眉毛をたくわえていた。
「街の夜景でも眺めているのかい?」
警官は尋ねた。
「ちょっと見かけたんで話でもと思ってね。夜更けの今の時間、余計寂しさが増してくるよ。」
彼はポケットを軽く叩きながら煙草を探す仕草をし、あたかもそれが見当たらないような素ぶりをした。
「煙草貰ってもいいかな?」
彼は尋ねた。
男は煙草を渡してそれに火をつけてやった。
警官は礼を言い、街の方を眺めた。
「ここからの眺めは最高だ。」
彼は言った。
「人の気持ちを慰めてくれるよ。」
「慰めなんかこれっぽっちも、」
男は言った。
「真の安らぎを得る方法を今考えていたところなんだ。」
「そのうち物事は大抵良くなるもんだよ。多少時間が掛かってもな、」
警官は言った。
「生きていくのは骨の折れるもんだ。しかしな、最善を尽くさなきゃならないのさ。それにお前さん、川底で幸せなんぞ見つかりゃしないぞ。」
男はしばらく黙りこくり、そして手すりから煙草を放り投げ、それが川面に当たって消えるのをじっと見つめた。
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